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東京地方裁判所 昭和30年(行)8号 判決

判決

東京都千代田区神田淡路町二丁目三番地の三

原告

松原健こと沈韓雄

右訴訟代理人弁護士

衛藤隅三

東京都千代田区九段一丁目三番地

被告

東京都千代田税務事務所長 山下定吉

東京都千代田区丸の内三丁目一番地

被告

東京都

右代表者知事

東龍太郎

右両名指定代理人

東京都事務吏員

三谷清

泉清

右当事者間の税金滞納公売処分取消、税金滞納公売処分無効確認および損害賠償請求事件について、次のように判決する。

主文

原告の被告東京都千代田税務事務所長に対する同被告が昭和二八年四月二二日別紙目録記載の建物についてした差押処分の取消を求める訴はこれを却下する。

原告のその余の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、一、請求の趣旨

(1)  被告東京都千代田税務事務所長が原告に対し別紙目録記載の建物につき、昭和二八年四月二二日にした差押処分及び同年五月二六日にした公売処分は、これを取り消す。

右請求に対する予備的請求として

(2)  前項記載の各処分が無効であることを確認する。

(3)  被告東京都は原告に対し金一、一〇〇万円及び内金六〇〇万円に対する昭和三〇年三月二五日以降、内金五〇〇万円に対する昭和三一年一月一七日以降、各完済に至る迄それぞれ年五分の割合による金員の支払をせよ。

(4)  (右(1)ないし(3)の予備的請求)被告らは原告に対し右(3)項と同額の金員の支払をせよ。

(5)  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決及び右(3)項の請求につき仮執行の宣言を求める。

二、請求の原因

(1)  被告所長は、地方税の賦課徴収に関して東京都知事から委任を受けた権限に基き、原告の滞納した昭和二三年度分家屋税一、七二九円、地租五五四円、都民税一、二四〇円、昭和二四年度分家屋税一万二、八四九円、不動産取得税三万九、二四〇円、昭和二五年度分固定資産税五万七、〇六〇円、昭和二六年度分固定資産税二万三、七五〇円、昭和二七年度分固定資産税一万七、六二〇円、右合計金一五万五、四二八円及びこれに対する延滞金並びに延滞加算金につき、昭和二八年四月二二日原告所有にかかる別紙目録記載の建物を税金滞納処分として差し押え、更に同年五月二六日右滞納税金及びこれに対する延滞金九万〇、二一〇円、延滞加算金四、六四〇円、督促手数料二三〇円、並びに滞納処分費九〇円、総計二五万〇、五九八円につき右建物に対する公売を執行し、同月二九日落札人小川政彦に金一〇五万八、〇〇〇円で売却した。

原告はこれを不服として同年六月二〇日東京都知事に対し異議の申立をしたところ、同知事は昭和二九年一〇月一八日附で右の異議申立を却下した。

(2)  しかし、前記差押処分並びに公売処分は、いずれも次の理由によつて違法である。

(イ)  被告所長は本件差押処分に関し原告に対して何らの通知をもなさず、又少額の滞納税金の寄せ集めで原告の収入の根源たる本件建物を処分するというのに、公売処分前に書留便又は使送による等の十分な注意喚起の方法をとらなかつた。

(ロ)  本件建物は昭和二七年に行つた大改造により、本件建物と隣接する同所同番地所在家屋番号同町五一番、木造トタン葺二階建店舗一棟、建坪一五坪五〇、二階一三坪五一屋階五坪〇二の建物と結合し、事実上建坪約七〇坪、二階約七〇坪、三階約四〇坪の混然たる一個の建物と化し、そのいずれの部分が本件建物であるが全く判別できない状態にあつた。したがつて右一個の建物の一部となつた本件建物を分離して公売することは不可能であるから、登記簿上においてのみ存在する本件建物につきなされた本件差押並びに公売は、いずれもその目的物を特定しないでした違法がある。

(ハ)  本件建物は本件公売当時時価六〇〇万円を下らないものであつたにも拘らず、被告所長は公売に当り鑑定人の評価を求めず、最低見積価格の表示もせして支払を求めたが拒絶された。

ず、被告所長の事務所に出入していた司法書士小川政彦に前記のような不当に低い価格で落札させ、しかも公売執行後僅々二、三日の間に、本件建物は順次三名の者に転売されて、最後の取引価格は三〇〇万円となり、転売者はいずれも暴利を得たのであるが、被告所長の部下たる税務課長石井伸三は、右の事実を承知の上で、昭和二八年六月三日原告に対し最後の転得者から三二〇万円で買い戻すように勧告したのであつて、右の事実によれば、被告所長は右の事態を予見しながらあえて本件各処分をしたものというものというべくかくの如きは明らかに行政権の濫用により故意に原告の所有権を侵害した違法なものというべきである。

(ニ)  更に、原告は本件各処分当時本件建物のほかに東京二五局三六六九番の電話加入権を始め、パチンコ器械約五五〇台、ピアノ、ガスストーブ、ラジオ、時計等、差押及び換価の容易な多数の動産を所有していたから、被告所長は総額二五万円余の滞納税金の支払を得るためには、これらの有体動産等につき滞納処分をすれば十分であつた。それにもかかわらずあえて時価六〇〇万円以上の本件建物につき滞納処分を強行したのは、明らかに権利の濫用であつて違法たるを免れない。

(ホ)  更に又被告所長は、昭和二五年五月四日、前記滞納税金中昭和二三年度分都民税外一一件の滞納税金合計七万六、〇三八円及びその延滞金等につき、原告所有の洋服箪笥二棹、片袖机二〇脚及び四号金庫一庫の有体動産を差し押えてあつたから、右差押物件の処分により右七万六、〇〇〇余円の滞納税金につき満足を受け得たはずであるにもかかわらず、被告所長は右差押処分をしたことを忘却し、その公売処分を本件公売処分に至るまで執行せず、その後昭和二八年七月一八日に至つて右差押処分を解除した。右差押物件につき公売処分が行われたならば、原告の税金滞納額は七万九、三九〇円の少額が残るのみとなり、本件建物に関する差押も公売もされなかつたであろうことは容易に推測されるところである。したがつて本件各処分は被告所長の前記過失に基いてなされた違法な処分というべきである。

(3)  したがつて、被告所長のした右各処分は取り消されるべきものであるが、前記の各違法原因は何れも重大かつ明白なものであつて同時に無効原因でもあるから、仮に本件各処分の取消請求が認容されないときは、本件各処分が無効であることの確認を求める。

(4)  本件家屋はその後訴外磯内篤が六〇〇万円で買い受けたが昭和二八年一〇月二九日焼失した。本件建物が現存していれば、原告は被告所長に対する本件各処分の取消又は無効又は無効確認の判決を得ることにより本件建物の所有権を回復し、一応損害がなかつた状態に戻し得るのであるが、本件の場合は前記のように本件建物は焼失し、従つて原告が本件各処分によつて加えられた損害は依然として残存しており、右の損害は被告所長の故意又は過失に基く前記の不法行為がなければ生じなかつたものである。従つて被告所長の不法行為と原告の受けた損害との間には相当因果関係のあることが明らかであるから、被告東京都は国家賠償法第一条に基き、原告が右被告所長の不法行為により蒙つた損害を賠償する責任を負うものである。

ところで本件建物の本件公売処分当時の時価は少くとも六〇〇万円を下らないから、被告東京都に対し右損害額六〇〇万円を下らないから、被告東京都に対し右損害額六〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日たる昭和三〇年三月二五日以降完済に至る迄民事法定利率たる年五分の割合による避延損害金の支払を求める。また、原告は本件差押及び公売処分により、営業ができなくなつて収入は皆無となり、その善後措置に忙殺されたのみならず一家離散の憂目を見るに至つたのであつて、原告の受けた精神的損害は甚大である。右の損害額は金五〇〇万円と見積るのが相当であるから、被告東京都に対し右金五〇〇万円及びこれに対する右慰藉料の請求を記載した準備書面の送達された翌日たる昭和三一年一月一七日以降完済に至るまで同じく民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(5)  右(3)及び(4)の主張が認められないときは、原告は被告らに対して民法上の不法行為による損害賠償を求める。すなわち被告所長のした上記各処分は、被告らの共同不法行為と目すべきところ、右各処分によつて本件建物の所有権は転々として第三者に移り、その結果原告は右建物についての所有権は転々として第三者に移り、その結果原告は右建物についての所有権を失つた。ところで、原告はかねてから右建物について興亜火災海上保険株式会社との間に保険金六〇〇万円(他に什器、事務用品等につき四〇〇万円)の火災保険契約を結んでいたが、以上のように所有権を失つたため、以後右保険契約を継続することができず、そのため本件建物がその後焼失しても得べかりし右保険金を得ることができないという財産的損害をこうむり、且つ、それにより金五〇〇万円相当の精神的損害を受けるに至つた。よつて、これらの金員及びこれに対する右(4)で述べたと同じ割合の遅延損害金の支払を求めるものである。

第二、原告の第一次請求に対する被告らの本案前の抗弁。

一、被告所長の本案前の抗弁

(1)  「被告所長に対する訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求める。

(2)  原告は本件差押処分及び公売処分の取消または無効確認を訴求するが、本件建物は本件公売処分後たる昭和二八年一〇月二九日焼失したことは、原告の自認するところである。したがつて、たとい本件差押処分及び公売処分が取り消され、または無効であることが確定しても、本件公売処分によつて害された原告の本件建物に関する権利は、もはや回復することが不可能であり、右各処分の取消又は無効確認を求める本件訴は何らの実益もない。

したがつて被告所長に対する本件訴は請求についての正当な利益を欠くから、不適法であつて却下を免れない。

(3)  原告は本件差押処分につき地方税法第三七三条二項所定の異議申立をしていないから、右処分の取消を求める訴は行政事件訴訟特例法第二条の規定に違反し不適法である。

(4)  仮に右の点が不適法でないとしても、本件差押処分は昭和二八年四月二二日になされたが、右処分の取消を求める訴は本件訴訟手続の進行中昭和三一年五年七日に至つて追加的に提起されたものであるから、同法第五条三項所定の出訴期間経過後になされた不適法なものである。

二、被告東京都の本案前の抗弁

(1)  「被告東京都に対する訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求める。

(2)  原告は、被告所長との間で、本件差押及び公売処分の取消又は無効確認の判決を求めているが、右公売処分が原告主張のとおり取消または無効確認されれば、本件建物の所有権は原告に帰することとなる。しかるに原告は、被告東京都に対しては右建物を失つたことによる損害の賠償を求めている。ゆえに、被告東京都に対する請求は、被告所長に対する請求と関連請求の関係にたたないから不適法である。

第三、被告両名の本案の答弁

一、請求の趣旨に対する申立

「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求める。

二、請求の原因に対する答弁

(1)  被告所長が本件建物の公売につき原告に対して注意喚起の方法をとらなかつたとの事実は否認。本件建物が隣接家屋と結合して判別不能との事実、本件建物の転売に関する事実、右事実を石井税務課長が知つていた事実、本件建物の公売処分当時の時価、原告が本件公売処分により精神的損害を受けた事実及びその損害額並びに原告主張の火災保険契約存在の事実はいずれも不知。

有体動産差押に関する事実は、その目的物件を除き否認する。原告が電話加入権及びパチンコ器械を有したことは否認。その余の有体動産を有したことは不知。

(2)  その余の事実は認める。

三、被告らの主張

(1)  本件公売処分の経過は次のとおとである。

原告の昭和二三年度及び昭和二四年度の都民税、家屋税、地租等の滞納税額四〇、四三四円、督促手数料二四〇円、延滞金一八、一五二円、合計五万八千八百二十六円を徴収するため昭和二十五年五月四日、当時原告の所有であつた千代田区神田淡路町二丁目三番地三、家屋番号同町一九番木造瓦葺二階建建坪二十坪、二階二十坪の家屋一棟が差し押えられたのであるが(当時、地方税の賦課徴収の権限は区長に委任されていたから差押は千代田区長村瀬清名でなされた)、原告より右家屋を自分で売却の上滞納金等を完納したいから差押解除をして欲しいという申出があつたので、昭和二十六年四月二十五日(原告のいう昭和二五年五月四日は誤り)、一応動産に差押替のうえ、右家屋の差押を解除した。但し、この動産差押は、原告が滞納金を同年四月中に完納することを確約したため、差押調書(謄本)を単に原告に手交したのみで、国税徴収法第二二条による正規の差押はしなかつた。

ところが原告は右家屋を売却したのであるが滞納金は全然納付することなく、その後に納付義務の発生している税金(固定資産税、不動産取得税)も一切納付せず、納税の誠意は全く認めることができなかつたので、被告千代田税務事務所長は最後の処置として昭和二十八年四月二十二日原告の所有にかかる本件建物東京都千代田区神田小川町一丁目五番地所在木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建屋階付店舗一棟(家屋番号同町五十二番、建坪三十一坪四合一勺、二階三十坪七合三勺、屋階十坪延坪七十二坪一合四勺、以下本件建物という)を、不動産取得税及び固定資産税の滞納額一一三、五一〇円、督促手数料一一〇円、合計一一三、六二〇円を徴収のため差し押え、同月二十四日不動産差押調書の謄本一通を原告にあてて発送した。(なお、本件公売執行当時の滞納税金合計は一五五、四二八円、延滞金と延滞加算金合計が九四、八五〇円その他督促手数料等を含めて総計二五〇、五九八円となつた)。

ついで、被告千代田税務所長は昭和二十八年五月十五日付で右差押建物を昭和二十八年五月二十六日公売に付す旨の公告をなし、なお法令上必要ではないが、原告に対し公売執行通知書を郵送し、また口頭でも知らせたが、原告より公売期日までに納税がなされなかつたので公売を執行し、訴外小川政彦に落札価格一、〇五八、〇〇〇円で売却決定したのである。

(2)  原告の主張によると、登記簿上は、本件家屋の外に木造トタン葺二階建店舗一棟(家屋番号五一番、建坪十五坪五合、二階十三坪五合一勺、屋階五坪二勺)があるが、この二棟は大改造を加えられた結果、混然たる一個のビルデイングとなつたから、本件公売建物は、それのどの部分に当るのか判別不能であつて分割公売は不可能であるという。しかしながら、この両棟は外観上は一棟のようになつていたが、もともと二棟を一棟に合せたに過ぎない建物であつたから、内部的には何時でも別棟に区別が可能であつて、いずれが当該登記の部分に属するか判別不可能な建物を公売に付したというような主張は理由がない。

(3)  原告は被告千代田税務所長が本件建物を不当に低廉な価格で公売処分したと主張するけれども、本件建物についての昭和二十八年度固定資産税の課税標準たる固定資産の価格(地方税法第三四一条五号及び同第三五九条の規定により昭和二十八年一月一日現在における空家としての時価)は七九二、〇〇〇円であること、また、本件建物は、その一部に原告が居住しており、その他の部分には第三者であるエーエヌハリーブングカンパニー、高麗芸術院、株式会社新日本、株式会社東亜商事等がそれぞれ借家権を有してこれを占有、使用していたこと等を考慮して、被告が最低見積価格を七〇万円と定めたのは適正価格であつて何ら不当、違法はなく原告の主張は理由がない。

(4)  また、原告は、滞純税金、延滞金その他合計二十五万円余の徴収のためには、それに見合う動産や電話加入権があつたから、それらの公売で足りるのに、被告は、それらのものを処分せず、あえて高価な本件建物を公売処分したのは権利の濫用であつて、違法であると主張するけれども、被告千代田税務事務所長が昭和二十六年四月二十五日差し押えた動産(右(1)において述べたような事情のため差押調書を作成したのみで正規の差押はしなかつた)は、仮に公売してもきわめて少額であつて、本件公売当時の滞純金約二十五万円のきわめて僅かの一部に充当できるだけでありまた原告のいう電話加入権(神田(25)三六六九番)については、本件建物を差押えた昭和二十八年四月二十二日当時の登録名義人は第三者である株式会社新日本(代表者 松原健)であるから原告の財産ではないし、その動産についても本件建物には原告のほかいろいろの団体が雑居していたから、いずれの動産が原告所有の動産であるかは判別不可能のために差し押えることができなかつたのであつて、結局どうしても本件建物を公売する外には滞納金全額を徴収できる方法はなかつたのであり、この点に関する原告の主張も理由がない。

なお、前記有体動産差押調書の謄本を交付した際の該目的物件の見積価格は昭和二八年五月二六日当時金一万一、六〇〇円であり、パチンコ営業は原告の妻李淑子がなし、そのパチンコ器械はすべて同人の所有に属していた。

第四、原告の反論

一、被告両名の本案前の抗弁について。

(1)  訴の利益がないとの主張について。

行政処分は、それが取り消され、又は判決により無効と確認される迄は、一応正当な行為として法律上の効果を生ずるのであつて、本件においても、本件建物の所有権は本件各処分により法律上一応第三者に移転しているのであるから、原告は右各処分の違法を主張してその是正を求める法律上の利益を有するものであり、右の利益は、本件建物が事後焼失したことによつて失われるものではない。すなわち本件各処分につき取消もしくは無効確認の判決が下されない限り、原告は本件建物を取得した者またはこれに対し不法行為をした者に対し、所有権を主張して法律上の権利の回復をはかることはできないし、又被告東京都に対し損害賠償を請求する前提としても、判決による処分の違法宣言を必要とするのであるから、原告は被告所長のした本件各処分の取消又は無効確認を訴求する必要があるのである。

(2)  関連請求でないとの被告東京都の主張は争う。

(3)  差押処分に関する訴願経由の有無について。

(イ) 原告は、本件公売処分に関する東京都知事宛異議申立書(「内容証明」と題する書面)中において、原告が本件建物に対する差押処分の通知を受けなかつた旨の記載があるが、右の記載は、仮に差押処分がなされているならば、それに対しても異議を申し立てるとの趣旨に解すべきであり、東京都知事のこれに対する却下決定も、差押並びに公売の両処分に対する異議申立をいずれも却下するものと解することができる。従つて原告は本件差押処分の取消を訴求するに必要な前置手続を履践したものというべきである。

(ロ) 仮に右の主張が認められないとしても、本件差押処分の取消を求める訴に関し異議申立の手続を経由していないことについては正当な事由があるから、被告所長に対する本件訴は適法である。

すなわち、本件公売処分に関する前記異議申立は、東京都知事の却下決定がなされる迄に一年四月を要したから、原告が本訴において差押処分の取消を追加して請求するに当つて改めて同処分に関する異議申立の手続を践むときは、これに対する東京都知事の決定を得る迄に右同様長期間を要することが予想され、かくては訴訟が著るしく遅延し、ために原告は著るしい損害をこうむるおそれがある。

また、滞純処分という一個の手続中における公売処分という一個の処分について、前記のように異議申立から決定に至る迄一年有余を要し、更に訴訟において既に二年間紛争を続けているのであるから、同一手段に属する差押処分について異議申立をしても、却下の裁決を受けることが極めて明白に予想される。このことは、原告が訴願の裁決を経ないで出訴することについての正当な事由となるものである。

二、被告両名の主張事実に対する認否

(1)  昭和二五年五月四日、家屋番号神田淡路町一九番の建物が差押えられたこと、原告が右建物の差押解除を申し出たこと、昭和二六年四月二五日右差押が解除されたこと、被告所長が本件建物につき公売の公告をしたこと、本件建物の課税標準たる価格、差押動産の見積価格、はいずれも不知。

(2)  動産差押が正規の手続でないこと、原告が前記一九番の建物を売却したこと、原告が本件建物の差押調書謄本及び公売執行通知書の送付を受けたこと、公売執行につき口頭の通知を受けたこと、本件建物をエンエヌハリーブングカンパニー、株式会社新日本並びに株式会社東亜商事が賃借使用していたこと、被告所長が本件建物の最低見積価格を定めたことは、いずれも否認。

(3)  その余の事実は認める。但し高麗芸術院は原告の個人事業として看板を掲げたのみで、本件建物の一部を特に占有使用した事実はなく、また、株式会社新日本は昭和二二年以降は名義上存在するのみで、その実体は原告個人と同一であつた。

第五、立証(省略)

理由

第一、原告の第一次請求に対する被告らの本案前の抗弁について。

一、被告所長の抗弁について。

(1)  本件差押及び公売処分後本件家屋が焼失した時右各処分の取消または無効確認を求める訴はその利益を欠くか否かについては、まず取消を求める点では否といわなければならないすなわち、行政処分に取り消し得るかしがあるにとどまる場合には、右処分は取消判決(または行政庁の職権による取消)があるまでは適法有効な処分とみなされるものと解すべきところ、他方原告が右取消判決によつて受ける利益は、単に右処分の対象となつた本件家屋の所有権の復帰にとどまらず、これが復帰不可能の場合の損害賠償請求権等の取得をも含むからである。ゆえに本件の場合、原告は右各処分の取消を求め得る法律上の利益を有するものであつて、この点では右訴は適法である。

次に無効確認を求める点についてであるが、本件各処分が無効であれば原告は依然として本件物件の所有権を有していたこととなるが、物件が焼失したことによつてその所有権そのものは消滅したものであるから、その点のみを見ればここに右各処分の無効確認を求める利益はないように見える。しかしこの火災が第三者の故意過失にもとずく場合原告はなお損害賠償請求権を失わないのみでなく、当裁判所真正に成立したものと認める甲第九号証の一、二の記載と本件口頭弁論の全趣旨をあわせれば原告は従前本件建物につき六〇〇万円の火災保険契約を締結していたことが認められ、この事実と取引上一般の事例とをあわせ考えれば、本件建物が依然として原告の所有であつたとすれば原告はやはりこれにつき相当額の火災保険契約を締結したであろうことが推認されるから仮りに火災によつて物件の所有権を喪失してもそれに代るべき損害の填補を得たはずであるといい得るのに、違法無効な滞純処分のためそのことを得なかつたものとしてなお損害賠償請求権を有するものと解し得べき余地なしとしない。してみればいやしくも無効の滞純処分が存する場合に表見的に存在する右処分の無効を確認することによつて現実の法律関係を明確にすることの利益は、右滞純処分の目的物が滅失したとしてもそれに代るべき損害賠償請求権のあり得る以上、消滅するものではないといわなければならない。したがつてこの点では本件無効確認を求める訴もまた適法である。

(2)  差押処分の取消を求める部分について訴願前置がなかつたか否かについては、原告は、この点について、地方税法第三七三条二項所定の異議申立を経由したという。(証拠省略)原告は昭和二八年六月二〇日にいたつてはじめて本件公売処分について不服を主張したものであるが、その趣旨はたんに公売処分だけの不服にとどまらず差押処分及び公売処分の双方を含む滞純処分全体に対する不服であつたものと認めることができる。しかしこの時はすでに差押処分の時(同年四月二二日)から所定の三〇日を経過していることは明らかであるからその意味では差押処分自体に対する適法な異議とはいい得ない。もつとももともと差押処分はこれによつてはじまる一連の手続たる税金滞純処分の一環をなすものであり、本件では右差押処分の発展としてなされた公売処分の後所定期間内にその全体としての滞純処分そのものに対し異議がなされたものと解し得ることは前記のとおりであるから右公売処分の先駆をなす差押処分自体については適法の期間内の異議申立といい得ないとしても、それは正当な事由があるものといい得るかのようである。

しかし連続する二以上の行政処分が段階的につみ重ねられて終局の効果を発生する場合、このような一連の手続中の一処分である先行処分自体をとらえて不服を主張し得る場合には、その不服申立の期間ないし出訴の期間は、その手続全体の完結をまつて進行するものでなく、当該不服の対象たる処分の時を標準とすべきものであることは、なんら一般の場合と区別すべき理由がない。けだし先行処分をその段階において独立して争わしめるのは、それが実定法上の明文をもつてするが故であると、先行処分自体がすでになんらか個人の権利、利益に制約を及ぼすものであるが故であるとを問わず、これを争わしめるに足るべき実益が存する点では一の完結した行政処分と同様に解せられるがためであるからである。従つてこのような相連続して発展する手続中の一処分につき適法な期間内に異議申立がなされなかつた以上、仮りにこれに接続する後行処分についての異議期間内に先行処分についての異議がなされたとしても、そのことだけでは先行処分について適法な異議を欠くことの正当事由となるものではない(出訴期間の点についても全く同様である)。このことはこの先行処分のかしは先行処分自体としては争うべからざるものとなつたというに止まり、これに内在する実質的なかしが承継されて後行処分のかしを構成する場合、同一の理由で後行処分を争うことを妨げるものではない。また原告は、本件公売処分に関する異議について東京都知事の却下決定までに一年四月を要したから、原告が本訴において差押処分の取消を追加して請求するに当つてあらためて同処分に関する異議申立の手続を経れば右と同様の長期間を要し著しい担害を受けるおそれがあり、又異議申立をしても同じ却下の裁決を受けることが明白であるというが、原告が本訴において差押処分の取消をも訴求しようとしたのはすでに原処分たる差押処分のなされた後法定期間をはるかに経過した後であつたからそもそもあらたに適法な異議申立をすることはできない筋合であつて、これを前提とする右の所論は失当である。その他に本件において異議申立を経ないことにつき正当の事由の存することはこれを認め得ない。したがつて本件差押処分の取消を求める訴はすでにこの点で不適法であつて、却下を免れない。

二、被告東京都の抗弁について。

本件差押及び公売処分の取消を求める訴に対し、原告の被告東京都に対する損害賠償の請求にかかる訴は、いわゆる関連請求の関係にたたないのかどうかについては、右のうち差押処分取消の訴の失当であることは前記のとおりであるから、公売処分取消請求についてのみ考察するに、これと右損害賠償請求とは明らかに右の関係にたつものといわなければならない。すなわち原告は、本件公売処分が取り消されれば、元来は本件家屋の所有権が復帰するにもかかわらず、実際は右違法な処分の結果本件家屋が第三者の手に移り更に焼失したことによつて、右復帰がかなわぬがゆえに、本件損害賠償を求めるというのであつて、その理由の有無は別として、右は正しく関連請求の場合に該るのであつて、本抗弁は理由がない。

三、したがつて、以下原告の、被告所長に対する関係での差押処分の無効確認、公売処分取消請求、その理由のないときの無効確認及びこれらを前提とする被告東京都に対する賠償請求(すなわち、第一次請求)について判断する。

第二、原告の第一次請求の当否について。

一、原告の請求原因(1)の事実は、当事者間に争がない。

二、同(2)の(イ)については、原告は本件差押処分をなすにあたつて被告所長が原告に対しなんらの通知をもしなかつたと主張するのである。本件右地方税の滞納については地方税法にもとずき国税徴収法の規定による滞純処分の例により処分され得るところ、国税徴収法第二三条ノ三及び同法施行規則第一六条によれば、不動産についての滞納処分としての差押処分は、収税官吏において所要事項を記載した差押調書を作りその謄本を滞納者に交付するとともに差押の登記を嘱託してするのであるが、そのほかにとくに差押処分の通知を要すべき成法上の根拠はない、そして(証拠省略)被告所長は本件不動産の差押にあたり昭和二八年四月二四日原告にあて差押調書の謄本を普通郵便で発送し、別に送達不能で返還されたことはないことが認められるから、反対の事情の認められない限り右はそのころ原告に到達したものと推認すべきところ、本件において右認定をくつがえすに足りる的確な証拠はない。してみればこの点について本件差押処分には原告所論のかしはないものといわなければならない。また、公売処分をなすにあたつて事前に滞納者に対しあらためて注意喚起の方法をとることは成法上なんらの根拠のないことであるのみでなく、(証拠省略)本件公売処分にあたつては被告所長は原告に対し念のため所員をつかわしてその旨の注意喚起の手段を講じたことが認められ、他に右認定を左右する証拠はないから、この点で右公売処分の違法を主張する原告の所論は失当である。

三、同(2)の(ロ)については、本件建物について昭和二十七年に大改造が行われたとの事実は被告所長も認めるところであるが、その結果本件建物は隣接家屋と一体をなして識別不可能な状態と化したか否かについては、(証拠省略)を綜合すれば本件建物はその隣接家屋と接続して外観上は一個の建物のように見えなくもないが、一階パチンコ遊戯場も道路の側から向つて右側三一坪余の本件建物部分は区分し得、二階三階はそれぞれ壁によつて仕切られており、右二棟の建物はそれぞれ独立して家屋台帳に登録され登記簿に登記されており、総じてまだ本件建物は隣接家屋と一体をなして互いに識別不可能というに至らず、これとは別個に社会通会上独立した一個の建物とみ得ることが認められ、(中略)右認定をくつがえすに足る証拠はないから、この点に関する原告の主張は理由がない。

四、同(2)の(ハ)については、本件家屋の公売処分における落札価格が金一〇五万八、〇〇〇円であることは当事者間に争がない。原告は、被告所長が、本件家屋の時価が金六〇〇万円を下らないことを知りながら、これを右のような廉価で落札させ且つ右建物が落札の日より二、三日中に数名の者に転売されるであろうことをあらかじめ見越していて、原告に対し右最後の転得者より金三二〇万円で買い戻すようすすめたのは行政権の濫用であると争うが、本件建物の時価は、(証拠省略)を綜合して考えれば、必ずしも金六〇〇万円もの高額に達するかは疑問であるのみならず(中略)、被告所長が原告主張のような認識、予見を有し且つ、そのように落札せしめ勧告をしたとの事実を認めるに足る証拠は何等存せず、要するに同所長の処分が行政権の濫用であるとする原告の非難を支持し得る事実を見出すことができない。

五、同(2)の(ニ)については、原告の主張する動産中、一部は次段で述べるように形式上差し押えられてはいるが、その価格は僅少であつて到底本件滞納税金を満足するに足りないし、また、その余の動産については、(証拠省略)によれば、それらは原告妻の名義であつたり、或いは原告の所有物件か第三者のそれか不明のものばかりであつて(中略)、これらを差し押え公売して本件滞納税金に充当することは不可能である。原告の本所論も理由がない。

六、同(2)の(ホ)については、右にも少し触れたように、被告所長の有体動産の差押は書類上の形式のみのものであつて実際にこれを公売することは法律的にみて疑問があるのみならず、仮に公売してもその合計価格は僅か金一万一、六〇〇円位であつて到底本件滞納税金の額と比べて採りあげるに足るものではないのであつて、右の事実は、(証拠省略)によつてこれを認めることができるのであつて、(中略)右認定を左右する証拠はないから、原告の本所論もまた理由がないといわなければならない。

七、以上のとおりであるから、被告所長のした原告に対する本件差押及び公売処分はいずれも適法であつて、その間右公売処分につき取り消し得べき違法のかどはないものというべきである。

八、原告は本件差押及び公売の各処分の無効確認を求めるが、これらの処分について原告主張のような違法の存しないことは右公売処分取消請求についての判断からも明らかである。

九、したがつてまた、被告所長のした右公売処分の取り消されるべきことないしは差押及び公売処分の無効なことを前提とした原告の被告東京都に対する第一次請求の理由のないことも明らかである。

第三、原告の予備的請求の当否について。

原告は、本件各処分を被告らの共同不法行為とみてこれによる損害賠償を求めているが、右各処分を被告らの不法行為とはとうていみられないことは上来判示したところにより自ら明らかであるから、本請求も理由がない。

第四、むすび

以上の次第であるから、原告の本件訴中差押処分の取消を求める部分は不適法として却下し、その余の請求はすべて失当としてこれを棄却し、訴訟費用は敗訴した原告に負担せしめることとして主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二部

裁判長裁判官 浅 沼   武

裁判官 菅 野 啓 蔵

裁判官小谷卓男は転任につき署名押印することができない。

裁判長裁判官 浅 沼   武

目録(省略)

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